hosi11:私の満足度(5.0)
本書は先に投稿している、雨上がりに咲く向日葵のように 「余命半年」の先を生きるということの著者、山下弘子さんの第二弾の著書。
著者の経歴等については、先の投稿でも述べているのだが、本稿からご覧になる方もいるかもしれないので、簡単に略歴のみ改めて記載してみよう。

事の始まりは、2012年の10月、突然の腹痛から病院へ行ったことから始まり、当時19歳の女子大生が、末期の肝臓がんと診断され、余命半年という、あまりにも非情な宣告を受けることから始まる。

hyousiしかし、激しい衝撃を受ける中、悲しみや恐怖、失望感・喪失感といった、家族ともどもの苦悩の中からも、果敢にも現実を受け止めようと決意。
そして、2kgにも及ぶがんの摘出手術を受け、一旦は、がんの苦しみから解放されたかと思いきや、再発、治療、手術を何度も何度も繰り返し、医師からも「もはや、打つ手はない・・・」とまで宣告されることに。

改めて直面する死への恐怖、未来を失う絶望感に襲われながらも、それでも、現実を受け入れながら、前を向く姿勢を貫く。
その若き女性に起こった悲劇と、その宿命に健気に立ち向かう姿は、次第にマスコミにも取り上げられ、各地で講演やセミナーにもチャレンジ、多くの人々の感動や共感を呼ぶことになる。

ご本人は、決して悲劇のヒロインを気取るわけでもなく、様々な自問自答と葛藤の中、等身大の自分を何かの形で社会のお役に立てればということに専念されることに。
そして、「自分のような若輩者が・・・・・」という謙虚な姿勢を決して崩さず、同時に自分自身を確立するためにも、情報発信を続けていく。

だが、はた目に見えるそのポジティブな生き方に関しても、実のところは、そうそう単純なものでもなく、ご本人ならではの様々な苦悩がある。
特に病魔に関しては、ご本人にしかわからぬ、日々一進一退の攻防とその恐怖。

やはり、激しい激痛との闘いがある現実の中、そのメンタルの管理は想像を絶するものがあろう。
そして、それを見守る家族や友人との関わり方、医療機関への信頼と期待、そして限界。

さらに、世間に露出した分、一方的に「がんにも負けず、健気に生きる薄幸の少女」というレッテルを張られてしまうことへの戸惑い。
また、「余命宣告ビジネス」、「死ぬ死ぬ詐欺」といった心無い人たちの誹謗中傷にも苛まされる。
  
obi1
20歳をそこそこ超えたばかりの一人の女性が抱えるには、あまりにも大きな試練である。
しかし、そういった過酷な状況の中でも、己と真摯に向き合いながら自己の信念を構築していく。

決して著者は、特別に聖人のような人格を持ち合わせているというわけではない。
本当にどこにでもいる、ごくごく普通の若き女性なのである。

友人とは他愛のない馬鹿を言い合い、病気や己の宿命に対しては時に悪態をつくこともある。
泣き明かすこともあれば、運命を呪う瞬間も普通にある。

表面的にはポジティブ人間ではありながらも、実のところは年齢相応の若き女性であり、生身の人間である。
でも、現実からは逃げない、いや逃げることができないということを、正面から受け止める強さと勇気を持ち合わせており、等身大の自分を自ら認めて行くことが、限られた命への挑戦ということなのであろうか。

現実を受け入れる覚悟を決めた後は、前述したように全国での講演活動や本書のような書籍の出版。
さらに30近い国々を巡り、ダイビングに富士登山と大変にアグレッシブな活動を続けられ、残りの人生を謳歌され、生きる意味を追求され続ける。

obi22015年の2月。
第二弾である、この『人生の目覚まし時計が鳴ったとき』が出版された。

前作では事の経緯の説明と、そこからの決意表明的な内容が主であったが、本作はもう少し気持ちが進化した後の、著者が構築しつつある人生哲学からの語録的な意味合いが含まれている。

正直なところ、今回の本は、目次を見た時点で私は震えるほど感動した。
その目次をここに紹介しておきたい。

序章 人生のカウントダウン
第一章 どんなこともとらえかた次第
 1.イヤな記憶はイイ記憶で上書きする
 2.物事は「多面体」ではなく「球面体」として見る
 3.相手の気持ちは相手のもの、自分が決めてはいけない
 4.すべてに意味があると思うと、どんなことも励みになる
 5.嫌いな人でも、一歩踏み込んでみるといいところが見えてくる
第二章 自分にとって大切なことに囲まれて生きる
 6.すべては自分のため、他人からの評価を動機づけにしない
 7.100やればいいことを300やってきたから”貯金”ができた
 8.「じゃ、紫のアフロで! まじでくれよ~(笑)」
 9.みんな、納得できる答えをほしがっている
 10.選択肢と可能性は無限にある
第三章 勇気づけられる言葉、支えてくれる言葉
 11.「あなたの力になりたいんだけど、何をしたらいい?」と聞いてほしい
 12.どん底まで落ち込んだら、あと這い上がるしかない
 13.「がんばれ」は嬉しい言葉
 14.困ってはいるけれど、悩んではいない
 15.しんどいときは、体ががんばってくれている証拠


いかに、唐突に無慈悲な運命の壁を突き付けられたとはいえ、これが20歳を少し超えた女性のたどり着く境地なのだろうか。
年齢で言えば、私とは娘と言ってもおかしくないほどの年齢差がある。

決して年齢で、人をはかりにかけるわけではないのだが、魂の成長、昇華というものは年齢に関係がないということが実証されている。
まさに、この本の出版時点でも、その病状は現在進行中なのである。

しかしながらも、突然に、悲しい一報が公表される。
本年(2018年)3月25日に、ご逝去されたと・・・・・・・・。

私は、お会いしたこともない、まったくの赤の他人のお嬢さんながらも、同じ病気を闘う身としては、大きな衝撃と悲しみを禁じざるを得ず、慙愧の念に耐えられない想いに打ちのめされる。
公表されているのは、同年2月28日に病状が急激に悪化し、3日連続の緊急手術を受け、その後3週間の昏睡状態に陥いられたとのこと。

その病状悪化の前日までは、1泊2日で京都の御寺巡り、芸奴体験までしていたそうである。
なんと、運命を司どる者たちは、無慈悲なのだろうか。

享年25歳。
あまりにも早すぎる一生である。

でも、振り返ると故人となられた著者は、まさに全力で生ききったということは、まぎれもない事実。
実は著者は、昨年(2017年6月)に生涯の伴侶となるご主人と結婚式をあげられている。

ご本人にとっては、人生最高の幸福感に包まれたことであろうと思われるものの、その新婚生活としての短さには胸が痛む思いでもある。
それでも、人生そのものが長短ではなく、質であると割り切るならば、故人の心情としては、突然の終焉には無念でありつつも、人生そのものへの充実感・満足感はあったのではなかろうか。

著者が運営していたブログ『今を生きる ~山下弘子のほのぼの日常~』にて、2018年4月4日付けにて、お母様からの投稿がアップされている。
その文中に、臨終後、酸素吸入器の管を抜いた後の口元は笑みを浮かべていました。幸せな気持ちで旅だったと思います。』という一文が寄せられている。

このことは、まさに彼女はがんに打ち勝ったということではなかろうかと私は思う。
どんなにがんが強大で恐ろしい敵であっても、ご本人がそう思っていたかどうかはわからないが、私は『人間を舐めるな!!』ということを体現されたようにも思えてならない。

最後に、哀悼の意を込めつつも、本投稿を締めくくりたい・・・・・。
実は私、この本書を入手するには、たいへん苦労した。

私がよく利用するネットサイトのどこにも在庫がないのである。
タイミング的にも注文が殺到したのであろうか、もともとそんなに多く発刊されていなかったのであろうか。

唯一、ジャングルみたいな名前の、あの某サイトで中古品が出ていたのと、新品でも定価の3倍近くの価格で提供されていた。
私は、この本に限ってはまったくもって中古品を手にする気がなく、その3倍近くの値である3,317円で入手した。

今さらながら、私はこの著者に対しての畏敬と追悼の念を込め、例え定価の3倍の値であろうと、どうしてもお金を使いたかったのである。
そして、この本は間違いなく、それだけの価値がある納得の良書であったことは、ここに記しておきたい。

この本は、『不幸な人の人生の本』、『健気に病魔と闘った人』といった単純な捉え方をして欲しくない。
ましてや、ポジティブ精神の押し売りというような捉え方は、決してして欲しくない。

私は、充分に人生の教科書と言える内容になっていると、自信をもって述べておきたい。
改めて、謹んで著者のご冥福をお祈り申し上げます。
安らかに・・・・・・・。